文机がある。
そこには嗅ぎなれぬ花の香りが漂っていた。
その芳香は弱めで心地よい甘さである。
しかし、ひとっ子一人といない。
「誰もいないじゃないかよ」
菊之助は呟く。
閑古鳥が大騒ぎをしている。
そう例えても過言ではなかろう。
菊之助が辺りを見回すと、四方の壁には、奇々怪々な紋章が刻まれていたり、鹿などの白骨が飾られたりしており、実に面妖だ。
菊之助は戸口をくぐり、ふと左の壁に見入った。
そこにぴたりと貼り付けられた一枚の紙。
そこには、
“戦えぬ者、来るべからず”
“命が惜しい者、来るべからず”
と、ある。
もしやここは、剣士向けの口入れ処か。
菊之助はまさかと苦笑する半面で、輝かしい期待を抱くのだった。
口入れ処とは何も危険な仕事ばかり浪人に薦めるわけではない。
紹介される仕事は用心棒稼業もあれば、大工、妾奉公と様々で、要はこの時代の人材斡旋業である。
中には人身売買を斡旋するたわけ者もいるが、この店のように、あれやこれやと規制をつける口入れ処は珍しい。
が、肉弾戦だとか剣術だとかいうことにしか能を持たぬ菊之助には、ここは最適かもしれぬ。


