「む、もしかしてあそこかな」


 菊之助は三丈ほど先の、笠屋の隣にある店に目を付けた。

船体的に黒ずんだ建物だ。

そこまで歩み寄る。


 この店、大店ではないことは確かだ。

しかも飾り気は全くなく、店自体は煤けている。



“口入れ処 妖花屋”



 戸口に垂らされた紫紺の暖簾には、白い文字でそうあった。


(こりゃあ、口入れ処なのか?)


 普通に読めば、「ようかや」と読めるが、妖花とは怪しき魅力を持った花、もしくは美女の事を云う。


店名からはとても口入れ処とは思えない。


それに口入れ処の割には、奇しくも人気がなさすぎる。

野良犬さえ出入りする気配がない。 


 浪人も依頼人も来なければ、口入れ処は成り立たぬだろう。


(だいたい、店の名前が禍々しいんだよなあ)


 だが、ここが口入れ処なのには変わりなし。


希望をもって菊之助は首だけ伸ばして中を覗き込んだ。