日本橋は品川の大橋、富士山、江戸城に並ぶ江戸っ子の自慢である。
そう称されているだけあって、その橋は壮大だ。
舟に乗って日本橋を眺めれば、虹が巨大な河川を跨いだようにも窺える。
菊之助は日本橋を早足で渡りきり、あまり寄らない地区へと進んだ。
白魂を引き連れたうなぎが宙を泳ぎ、菊之助の眼前を横切ってゆく。
とっ捕まえて食っちまおうかな、と手を出しそうになり、菊之助は踏みとどまる。
あれはうなぎではない。
妖だ。
妖うなぎを無視して、菊之助は口入れ処を求めまた日本橋の町を散策し始めた。
その直後、
「おやっ」
菊之助は不意に小さく鼻をひくつかせた。
仄かで甘美な香りが鼻孔にするりと入り込んだのだった。
甘いといっても、飴や白玉といった甘味の部類の甘さではない。
花に顔を近づけて匂いを嗅いだ時のような、若干青っぽさのある、植物特有の蜜の香り。
だが、花の香りとはこうもはっきりと香ってくるものだろうか。
しかも、近くに花などないはずなのに。
蜜の香りは消えない。
それどころか菊之助の心を惑わし誘わんばかりに、香りは甘さを増した。
これは幻覚ならぬ幻香か。
菊之助は警戒して刀の柄を握り、己の目的を放棄して香りの源を探る。


