妖花屋の中は、普段より殊更に面妖な装飾が施されていた。

床には五芒星を何重にも重ねた魔方陣が描かれ、壁には山羊の頭骨が飾られている。

赤紫の酒が注がれた盃や、歪な文字が書かれた札が、部屋を埋め尽くさんばかりに貼られている。


「おい、本気なのか?」
 

部屋の隅で装飾の完成を待つ春芝が、墨に浸した毛筆で無数の精密な紋を描く段田の背中に言う。

段田は鬱陶しげに振り返った。


「何度も言わせるんじゃないよ。
私は本気さ。
それに決定権は、春芝、あんたにはない」

「短気で粗暴で未熟な餓鬼を契約者にするのと、あとあと大変だぜ」

「菊之助の未熟さは私がなんとかしよう。
あんたは人間および妖を異界から連れ出すのに徹してくれ」

「……悪魔が人助けたあ、虫唾が走らあ」

「妖が減ったら困るんだ。
頼むよ、当分は夜話はしないから」

「------なら、乗った」


よし。

春芝を説得して、段田は再び作業に取り掛かる。
 
そしてようやく、段田が筆を走らす手を止めた時。


「む」


段田は掛け軸の中の不気味な花が、五つだった花弁を無数に増やしていくのを見た。

血の色をした妖しげな花は、見事な大輪の花へと姿を変える。

純白の菊であった。
 
段田は唇の両端を吊り上げた。


「来るぞ」
 

ばさあり、と暖簾が乱暴に跳ねあげられた。

床を踏み鳴らし、いかにも戦に赴く武士といった風体の子供侍が、そこにいた。


「返しに来たぞ!」
 

どっしりと屹立した菊之助の大声が、部屋の中を軋ませる。

春芝はさすがに耳が壊れそうになったのか、菊之助を睨み付けた。


「うるせえな。
道場破りなら他でやりやがれ」

「そんなことするもんかい。
木綿を返しに来たんだ」
 

丁寧に畳んだ木綿を床に置くや、菊之助はそそくさと妖花屋を出ようとする。

するが、それを妖花屋の悪魔どもが引きとめた。


「おやおやお侍様、いったいどこへお出かけにおなりで?」

「随分とめかしこんでるな、餓鬼のくせに。
舞踏会でも行くのか」

「羨ましいなあ。
だったら、私たちも連れて行ってもらおうか」
 

悪魔どもが左右から菊之助を挟み、嬲るように代わる代わる言い立てた。

どう贔屓目に見ても、安っぽい着物を着て頭に鉢巻を巻いた菊之助の服装は、は晴れ舞台に着ていくものではない。
 
そもそも、この国には“舞踏会”というものは存在しない。

無論菊之助には、悪魔たちが何を言いたいのか分からなかった。


「なあに、君の邪魔はしないさ。
ただ、ちょっと一緒に“ダンス”をしたい相手がいてね。
でも、私には実体がないから、人とどんちゃん騒ぎはできない」
 

艶美な含み笑いと吐息が耳朶をくすぐるので、菊之助は思わず赤くなる。

段田は男のくせに妙に色っぽい。


「来て」


段田は、動揺する菊之助を魔方陣の中へと導いた。
 
春芝は菊之助から離れ、山羊の頭骨の下で胡坐をかく。