侍の恥。

いや、侍と言っても菊之助はただの浪人にすぎぬが、守るものもまともに守り切れず、敵に手も足も出なかったというのは、剣術者として情けない。
 
すると段田は一足飛びして、あっという間に菊之助との距離を詰めた。

後ろから誰かが段田をつっつけば、彼の花唇が菊之助の顔に触れるのではないか、という程の近さだった。


「妖花の甘い蜜は、苦労した者の骸からしか生まれないと言ったろう。
君はまだ“苦”を味わっただけで、“労”はしていない。
なのに、君はここでなにをめそめそしている」
 

段田は低く叱咤し、菊之助の顔を木綿で拭った。

どうしてか、この木綿は雨を受けているのに、ほんの少しも濡れていない。


「わっ、ふ」
 

子供侍の発言を阻むように、段田は菊之助の顔や髪をだだくさに拭く。

まだ雨は降り続いている。

段田の方はぐっしょりと濡れてしまっているが、気にしている様子はない。

それどころか腹に一物ありそうな目論み笑いをしていた。


「どうせ死にに行くのなら、死に装束はしっかりと乾かしたまえ。
ああそれと。
その木綿、使い終わったら畳んで私のところに返しに来てくれよ。
それが最優先だ」
 

段田は命じるや木綿を押し付けて、菊之助に有無を言わさず、その姿を露のようにくらました。