陽が沈むのは、予想以上に速い。
 
しかしこの姉妹の歩幅ならば、夜までには帰宅できそうだ。

菊之助はそれでも気張っており、左手で百合の袖をつまみ、右手を刀の柄に添えている。
 
件の、小僧が攫われた場所である湯屋の前を通り越すと、百合は不意に早足になった。


「最近は物騒だから、気をつけなきゃねえ」
 

ぽつりと零れたその一言に、菊之助は姉を見られなくなった。

もう既に、物騒な事にかかわっている、とは、口が裂けたって暴露できるはずがない。


「ああ、気をつけなきゃな」

菊之助は言う。
 
宵闇が空を覆い始めたころだが、江戸の街にはまだ人がちらほらいる。

道にこだまする、彼らの様々な声が、菊之助の声を呑みこんだ。


「……姉ちゃんよ。
もしかして、あの小僧のことを思い出してるのかい?」
 

菊之助の問いかけに、百合は咄嗟に顔を上げた。

図星らしい。


「嫌でも思い出しちまうだろう」
 

あの小僧を心配して、そのような面差しになっているのだろうか。

百合は辛そうに、視線を菊之助から逸らす。


「酷いこと言っちまうと、攫われたのがお菊じゃなくて良かった、って思うのよ」


------そんな。

菊之助は百合の本音に、思わず足を止める。


「俺あ、もう小さい餓鬼じゃあないんだよ。
姉ちゃんは、あの子よりも俺の心配をしてたのかい」
 

菊之助がくってかからんばかりの気迫で言ってくるが、百合はそれを気迫で返した。


「心配するに決まってるじゃないのさ、だってあんたは……」
 

つい語調を荒らげた百合だったが、突如、はっとして口をつぐむ。