逢魔ヶ時も過ぎれば、宵闇が空を埋め尽くすだろう。

しかし今はまだ夕暮れ時だ。

百合が帰宅するのはこれより早い時間だが、今日は大根を買って帰ると言っていたから、帰りは遅くなるだろう。


(この方向に、黒煙の野郎が)
 

ぞっとした。
 
町の大通りの真ん中を走駆し、菊之助は剣呑な顔で前をゆく篭屋を追い抜き、右折して、小商いたちの店が集まる道へと入る。
 
そしてようやく菊之助は、せともの屋と油屋の辺りで百合を発見した。


「姉ちゃん!」
 

歓喜の声を上げると、菊之助は脱力して、百合の足元に膝を突いた。


「よかった……」

「あら、お菊。
どうしたのさ」
 

何も知らない百合が、瞳を丸める。


「いや……とにかく良かったよ。
姉ちゃんを迎えに行こうとしてたんだ。
もうすぐ暗くなるしよ」
 

その時、百合は微かに顔を曇らせた。

当然である。

たかだか人を迎えに行くくらいで、こうも必死な形相で、息を切らして走ってくるだろうか。

何か急ぎの用があるわけでもないのに、だ。
 


何かがおかしいぞ。



誰だって、そう思うはずだった。

しかし百合は固く口をつぐんで、


「ありがと。
さ、帰ろうねえ」


 と、労うように、菊之助の両肩に触れた。