「早くしろっ、こっちに向かってきやがる!」
赤鬼の絶叫が届くと、
「まずいぞ」
と、妖たちはいよいよ急ぎ足になって、北東の方位にあたる山へと、脱兎のごとく逃走していった。
「あっちからだ」
段田は妖たちが来た、南西の方角を指差した。
「あ、ありゃあ……」
菊之助は戦慄して呟く。
「どうした、菊之助」
段田が問いかけてくるが、それどころではない。
菊之助は瞳孔をいっぱいに開いていた。赤鬼曰くの「奴」とは、おそらく黒煙の妖だ。
「奴」が来るという方向を直進していくと、楓河岸に出るはずだ。
「姉ちゃん」
菊之助は固まる。
意識が凍り付いた。
それでも体だけは動いてくれた。
背を曲げて、四つん這いの赤子が直立歩行を試みたような体勢で、菊之助はよろよろと駆けだす。
「旦那、俺、もう行く」
言い捨てると、菊之助は段田の返事を待たず、漂う濃霧の中を突き抜けて、妖花屋を去って行った。
段田が追いかけてくる気配はなかった。


