「妖、いっちまったなあ」
 

鼠を隙間なく敷き詰めたような空は、不吉な墨色を帯びている。

菊之助は、未だ妖の大行進の余韻に浸っている段田に話しかけた。


「いっつも気ままで、能天気そうな生き物だけど、妖もやっぱり江戸が恋しいのかね」

「どうしてそう見えるんだい」

「なんだか奴らの足取りが、重かったんだ」
 

列が詰まっていたわけでもないのに、彼ら妖の歩調は、どこか鈍間だった。
 
江戸は今や危険な都であるが、ここは人と妖が集い、共に生きてきた都だ。

きっと彼らなりに、思い入れがあっただろう。


「俺の思い込みかもしれないが、きっと奴らは、江戸が好きだったんだろうよ。
だって俺も、この江戸が好きだからさ」
 

それは個人の意見であって、妖の本心であるとはいえない。
 
段田はと言えば、寒々しいほどの無表情である。

利いた風な口を叩くな、と反吐を吐きもしなければ、菊之助に同感しようともしなかった。


「私は人情などというものに興味はないし、たかだか町にこだわる理由も、考えようとは思わない。
けれど」
 

段田は湾曲した黒髪に指を絡ませた。


「それが人の情の不思議というものなんだろうかねえ。
妖ほど神秘に満ちてはいないが、悪いものでは------」
 

その刹那、野太い悲鳴が甲走る。

それが菊之助の耳を聾したせいで、段田の言葉を最後まで聞き取れなかった。


「奴だーっ!逃げろーっ!」
 

妖たちが通った跡を追いかけ、大柄な赤鬼が警鐘を鳴らした。