漁師は海に居ても魚が泳いでいなければ成り立たぬ。
妖花屋も、妖によって困らされている人間がいなければ仕事にならない。
しかも妖どもに代わって、さらなる大凶が江戸で活動を始めている。
菊之助は肩を竦めた。
「迷惑千万だな。
あの化けもんは」
「君の喚き声と、いい勝負だ」
「喚かせてるのはどっちだい、この文弱野郎め……」
あげつらおうとして、菊之助は段田が書物を二冊、腕にかかえているのを目にした。
一昨日、書物の山を済し崩したおりに、段田が抜き取っていった、あの地獄絵図のような本である。
さらに、奥にはまた多くの読み物が積まれている。
菊之助は呆れて言った。
「お前、ついこの前に片づけたばかりなのに、また散らかしたのかよ」
大人のくせに、と続ける。
すると、段田は慮外にも唇を引き結び、虫の居所を悪くしたように踵を返した。
「大人だって散らかすさ」
鷹揚に、段田は書物を整頓しはじめた。
自業自得だが、一人にあれだけの書物を片付けさせるのもなんだか癪だ。
「……ふん、どうせ暇だし、ここで時間をつぶしていこうかな」
―――菊之助は本来、暇であれば帰って密かに木刀を振っている。
菊之助は、「手伝うよ」とは言わず、沈黙して書物の山に手をつけた。
そんな菊之助に、段田はさりげなく、
「助かるよ」
と、呟きかけた。
------しばらく表紙を眺めつつ書物を重ねてゆき、菊之助はふと、各々の書物にある挿絵を見比べた。
「雀の絵?」
雀にも似た鳥が、描かれている。
しかもそんな読み物が、いくつもあるのだ。
その中には、日本の字で著された絵巻も含まれていた。
「どれ」
胡坐をかいて、片づけるべきそれを広げて読む。
菊之助はそして、
「旦那、これは」
と僅かに声を高くした。
“百舌啼くや 分別は皆 草にある”
『百舌が啼いております』
『草には皆、今何が啼いているのかということは、判りましております』
『今、草達には何が啼いているのかが分かっているのかも知れませぬ』
------と、ある。
詩であろう。
菊之助はその、百舌、の二文字を食い入るように見つめた。
百舌。
「旦那、おまえはまさか」
菊之助はそこで悟る。
散らかされていた書物。
あれは段田が、長時間に渡り神隠し事件について調べていた痕跡だったのだろう。
段田はどこか、気まずそうだった。


