「------」


 あまりに雄々しき妹に、百合は思わず絶句していた。


「む!?」


 菊之助が鼻孔を膨らます。

 空気が、どこか生臭い。

はーっ、と臭い息を嗅がされたようだ。

 菊之助は刀の柄に触れる。

 その刹那だった。


 きちちっ------と、背後で鳥がさえずった。


 きちきちと鳴く鳥。

それが何か、菊之助は存じている。

 菊之助は大きく三、四歩退がり、鯉口を切った。

振り向きざまに刃を横断させる。


「でやあっ」


 ぼこり、と。

刃から伝わった感覚は、肉を断ち切ったものではない。

綿をぎっしりと詰めた枕を叩いたようだった。

 手応えはない。


「む?」


 刃は、黒い塊に受け止められていた。

宙に浮かぶそれは、形状が不確かだった。


「ぐむう……」


 なんとも野太い濁った声が、黒い塊から漏れた。

塊、というか、雲か。

とにかくそれは刃物にぶち当たったにのに、痛がりもせず上空へと飛びたった。


(逃がすもんか、もう一太刀!)


 黒き塊を追って、菊之助は刀を翳す。

それは菊之助に反撃をすると思いきや、回れ右をして子の方角へと傾いて、体を風に流した。


「逃げたかっ」


 菊之助が悪態をつく。

 もしや、あれが毛女郎が言う黒煙という奴か。

江戸を騒がす神隠しの、元凶か。

------多分、そうだろう。


(野郎は、俺を狙いやがったのかな)


 逃がしてしまったが、反撃はできた。

首にできていた肌の突起は消え、風も止んでいる。

菊之助は刀を鞘に収めた。


 それと同時に、


「うぎゃあ!」


 まだ幼い童の悲鳴が耳をつんざいた。


「あれは」


 いちはやく、百合が悲鳴のした方へと走った。

悲鳴がしたのは、菊之助の背後。

そこで五つばかりの小僧がひざまづき、哭していた。

 すると、


「おい小僧、いってえ何があった!」

「なんだなんだ」

「どうしたっ」

「やだ、誰かに泣かされたのかい」


 近くを歩いていた者たちが、痛ましい慟哭を聞いて次々と小僧の許へ駆けつけ、群がった。

あたかも、あの黒煙が出現する前からその場に居たかのように、だ。

 一人の腹かけ姿の男が小僧の傍で耳を立て、


「おい大変だ。こいつの兄ちゃんが攫われたんだってよ」


 と、周りに呼びかけた。