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 提燈が一つや二つしか灯っていない道はいつも以上に暗い。

ぽつんと周囲を照らしていた湯屋の明かりさえ、姉妹が数丈も進むとすぐさま闇に埋まった。

湯屋に来た頃はまだ暮れ六つ。

そこから大して時間は立っていないはずだった。

しかし、日はとうに沈みきっている。

 さわわ、と暖風が菊之助の無造作にはみ出た前髪を躍らせる。

今は夏の終わりがけ。

秋分にはまだ早い。

風が暖かいのもごく自然である。

しかし風を受けた菊之助は、だだくさに束ねた黒髪の下に触れた。

 鳥肌が立っている。

しかも予兆もなく、だ。


 ------菊之助は分かった。


この鳥肌は寒さゆえに出るものではないと。敵の毒刃がこちらに狙いを定めた瞬間にできるものだ。

毛女郎の時もそうだった。

この緊張が体中を走り抜ける。


(何か来るぞ)


 江戸の人々は夜でも元気だ。

特に呑んだくれの浪人が道端をふらついていることが多い。

しかし、この道はその浪人さえもいない。

人は居ない、が、誰かの気配がする。


「何だか、ちょいと静かだね」


 百合が言った。


「うん……」


 菊之助が低く返事をする。

菊之助も百合も、この状況を不穏と察したと思われる。


「誰もいないのかしら。
ねえ、お菊……」


 声をかけて、百合は息を詰まらせた。

暗黒に包まれた妹。

しかしその眼はいつになく剣気に煌めいている。

山犬が如く五感を澄ますそのさまは、あたかも、戦に赴く武士のようであった。