ただ、江戸で笑って暮らしたいだけ、だ。
しかしあの神隠し事件という名の小火は、放っておけばいずれこの江戸の町を焼き尽くす大火と化すだろう。
たて続けに人と妖の間で神隠し事件が勃発している。
神隠しがこれっきりで終わってくれればまだいいが、何の兆しもなく、裏で誰かが動いてくれたでもなく、神隠しが後を絶ってくれるとは考え難い。
人外のものに怯える毎日など、御免こうむる。
菊之助だってもちろんと、百合を置いて死にたくなどないし、できる限り痛い目にも遭いたくない。
しかしやらねば、きっと悔やむことになろう。
菊之助は、無謀にも神隠しに立ち向かうつもりでいた。
(悪魔どもに助けを乞うたって、協力してくれそうにないからなあ)
悪魔どもはぶすっとして互いの身をくっつけ、陰口だろうか、なにやら聞き取れぬ会話をしている。
そして忽然と、悪魔どもは、幻滅して踏みだした菊之助の左右の肩をがしりと掴み、その行く手を阻んだ。
「どこへ行くんだい」
「どこへ行きやがる」
悪魔どもは、仲は悪いくせに息だけは合っている。
捕獲された菊之助は、邪魔くさそうに苦虫を噛み潰した。
「どこへって、長屋に帰るんだよ。
ただ働きさせられたんだし、俺あ、疲れてるんだ」
「帰って何をするつもりだい。
狭い長屋で、ごろごろと昼寝をするわけじゃないだろう」
続きは、言われずともわかる。
やはり段田の慧眼は悉く菊之助の計画を見透かしている。
「だから、言ってるだろう。
人の心を読むなって」
「焼け石に水な人助けなんかしてる暇があったら、妖花屋の手伝いをしてくれよ」
「断る」
菊之助が、段田の命令に近い頼みを一刀両断する。
ふん、言ってやったぞ。どうだいっ!


