菊之助はそう言ってやろうとしたが、いち早くそれを読んだ段田に、


「君の文句は後だ」


 と、阻止された。


 ------それで、今に至っているのである。


 これだけ仲たがいしていてもなお、二人は共同生活を送れているのだから大したものだ。

 長屋のどこかから、ほぎゃあ、と赤子の泣く声がした。

春芝の声で目を覚ましてしまったか。

そう危ぶんで、菊之助は毛女郎の真似をして、二人の間に挟まった。


「おい、そろそろやめろよ。
人んちの子供が起きちまっただろ」

「君はすでに起きているだろう」


 段田がとぼけた。


「起きたのは俺じゃなくて、赤ん坊だ!」


 咬みつくように菊之助が目に角を立てる。


「傍から見たら、まるでがきの喧嘩だよ。
たしかに責任は旦那にあるけど、うるさい喚くなって、いつも俺に言ってるのは、お前たちじゃないか」


 すると殊の外、効果は覿面だった。

子供にあげつらわれて片意地を張ったのか、最初に段田が口をつぐむ。

次いで春芝もしんと黙した。

 こういう場合、もっぱら菊之助が、うるさいだの鎮まれだのと注意される側だが、今日は立場が逆転している。


「よし、静かになったな」


 菊之助は一息ついた。

 春芝を連れてきたのだから、もう段田も自分に用は無かろう。

菊之助は超特急で帰宅しようと、無言でそこから離脱しようとした。

 なぜなら、今から長屋に帰り、少し休んでからすぐに柳橋へと直行するつもりでいるからだ。

人に無頓着な悪魔の揉め事に首を突っ込んでいる暇は、あまりない。

 菊之助は黒煙の男、そして百舌について探ろうともくろんでいた。

別に無償で人を守りたい、とか、手柄を立てたい、とかいう野心があるわけではない。