その少女が十一になる頃、だったろうか。


「お百合、お菊!」


 顔面蒼白で長屋の戸も叩かず入ってきたのは、近所の長屋に住む指をくわえたまだ三つの小僧・蓮兵衛と、その母だった。


「どうしたの?」


 起床した少女の姉・百合が、蓮兵衛の母となにか話をし、そして、はっと手で口を塞いだ。

それがぼんやりと、騒々しい声によって目を覚ました少女・菊の視界に映っていた。

わんぱくな菊は、浪人の父の刀に憧れて、ずっと昼に木刀を振り回し、つい先ほどまで疲れて昏睡していたのだった。

 百合がこの世の終わりとばかりの面になり、長屋を飛び出した。

姉ちゃん、どうしたんだよう。

うつろな状態で、何があったかも考えずに、菊もよろよろと百合たちを追った。

 そうして辿り着いたのは、小さな自身番所。

 その番所の前で、真紅の池が広がっている。


「ああ……」


 百合がそこに崩れ落ちた。

 血の池の出所であろう人は、うつ伏せに倒れているので、顔が分からない。

しかし顔が見えずとも、百合も菊之助も娘であるから分かった。

 色褪せた藍の小袖に、同色の袴。

月代髷がほどけて、髪が一筋、また一筋と血だまりに浸る。

にわかに上げられた手が握っているのは、刀。


「お、おとう」


 やっとのことで百合が言葉を絞った。

 血の池に転がっている屍こそ、菊たちの父親である。

人手不足の番所で雇われ、こき使われていた、浪人の父だ。

俺はな、これでも剣の腕はあるんだぜ、などと言っていた彼が、胴をざっくりと斬り下げられ、死している。

 誰が殺したのか。

番所に集まった者は皆、


「辻斬りにやられちまったか」


と、口をそろえた。

 ある者は両目を押さえ、またある者は残された子供たちに寄り添った。