折角真っ赤なボードを選んだのに、カラコンレベルの話じゃないぞ。この部屋にはない異色物が、こんなところにあるのに見えていないのだ。
鞄を持つ、靴を履く、ドアの閉まる音、私はそれを居間の床にペタンと座り込んだままで見ていた。
・・・視界にも引っかからなかったらしい。
寝室のクローゼットをあけて、取っておきのピンヒールを取り出した。まだ彼と運命の恋の世界にいる時に買って貰った大事な靴だ。
素敵な素敵なジミー・チュウのピンヒール。
私はそれを振りかざして、『もう別れましょう』と書いた真っ赤なボードを打ち抜いた。
華奢で素晴らしいヒールはその一回では折れなかった。
バンバンと何度も叩き付けた。
ヒールも折れて、ソールだけになってもボードがめちゃくちゃになるまで叩き続けた。
目にうつる全部がボロボロだった。
仕事にはいかなかった。腹痛で、すみませんと就業時間に電話を入れて、フローリングに寝転んでいた。
色々思い出してみた。だけど殆どが、霞の向こう側でユラユラと揺れるだけだった。ああ・・・目をきつく閉じてみる。
泣けない。涙はちらっとも姿を見せない。きっとそんな時期は過ぎてしまったのだろう。私が気付かなかっただけで。



