「じゃ、思い出したことはメモにでもしておかないといけないってことだね」
「私の話聞いてました? 思い出す必要が無いんですから思い出さないようになっているんですけども。メモしたければどうぞしてください。ああ、そうか、翠さんはまだ自覚なさってないからそんな気持ちになるんでしょうね」
もっともなんだけどなんだか上手い具合にはぐらかされてるような気もする。
「兎に角ね」
「早く帰りたい。ですね?」
「良く分かってるじゃない」
「もう少し待ってください」
「待たなきゃならないの?」
「そうですね」
でも、ちょっと待って。
妙な考えが私の頭に沸き上がった。
早く帰らなきゃっていう気持ちは勿論ある。
「ここにいられるのはあと何日?」
「9日ですが」
「なんで9日?」
「魂の最後の尻尾までが切り離されるまでの時間なんです」
「魂に尻尾があるなんて初耳。じゃぁさ……ぎりぎりまでここにいてもいいってことだよね」
「ええと、申し上げ憎いのですが、バカなんですか?」
「なにそれ、ひどい。もう一回言ったらキックする」
アンジュラの顔の真ん中に人差し指を立てた。
「……さきほども言いましたが、記憶は曖昧なものになるんですよ。つまり長くここに居たら、人間の世界のことを一日ずつ忘れていくってことです。最後には帰れなくなるってことですよ。まぁ、私にしてみればその方が有りがたいんですけど。余計な手間が省けるのでね」
「メモるから大丈夫」
はぁーっと長い溜息をつく死神は本当に困っているようにも見えたけど、この時の私はまだ事の重大さを全く分かっていなかった。