たった一度の授業もうけず、不良な一日を過ごしてさっさと帰ろうとした僕は、保健室を出たところでいったん固まった。

職員棟から一年棟へ続く渡り廊下から、加奈の声が聞こえたから。

つい、足が接着剤を踏んだように動かなくなり、僕は壁に背中をつけて聞き耳を立てた。

放課後になって、生徒が教室から溢れてくる。

そんな少しの活気をすべて耳から排除して、僕は、彼女の声だけを拾った。

そして聞いた。

加奈がどれだけ僕を想ってくれているか。

そして僕が、周囲にどんな風に思われているか。

加奈と、北川とかいうヤツの会話が終わった時、僕はただ苦笑していた。

苦笑していて、同時に、自虐もしていた。

ほんの少し、本当にほんの少し、ひょっとしたら僕でも加奈を守ってやれるんじゃないか。

僕こそが彼女を守ってやれるんじゃないか。

保健室で一日過ごして、先生に焚き付けられて、本当にほんの少しそんな自惚れを抱いたのだけど。

そんなもの、夢の中に浮遊する泡沫に過ぎず、呆気なくもやとなって胸裏に沈んだ。