「サエコ、また男を誑かすのか。この尻軽女め」男の眼光が、強く鈍く青年を射抜く。
「違いますよ、父さん。人前で止してください。さあ、行きましょう。少し酔っ払いすぎです」
王様はあのような眼をしていたのだろう、と小宮は場違いに思った。嫉妬と狂気と、少しの羨望。青年の美しい黒髪が、男の後を追い掛ける。
髪の毛の美しい騎士が殺された当日、王様は彼の父を宴に招き入れた。そうして、笑え笑えと宣った。未だ弟がおり、それ以上殺されてはならぬと父親は無理矢理にでも嗤っていたそうな。ワインを酌み交わし、息子を殺した相手に媚びを売る。どれほどの屈辱だろうか。想像もつかない。
離れていく背中に、小宮は閉口した。自動販売機の光に集まってくる羽虫が、視界の中を徘徊する。
I'm still hating me。指切り拳万嘘ついた僕に針飲まそう。指切った。
曲は無慈悲な程、唐突に途切れる。三人は漆黒の中に消えてしまった。沈黙が訪れて、蝉の声が耳に届く。生々しい世界の音が鼓膜にじっとりと纏わりついた。ヘッドライトが2つ現れ、その後に音と車の体が出現し、また暗闇の中に紛れていく。小宮は逃げるようにその場を後にした。安っぽい灯りが、コンクリートの床に落ちている。



