それは塾帰りのことだった。中学三年生になる小宮は受験に向けて猛勉強中だ。夏休み以来、1日の大半は塾に籠もっている為に帰りはいつも11時である。
車が時折通るだけの静かな道を自転車で駆け抜ける。ポケットに入れたiPodからイヤフォンを通して流れて来る音は、日常の面倒や夜の孤独感を払拭してくれる。

夏の蒸し暑さが少し和らいだ気がした。半袖Tシャツの袖口から風が吹き入れる。帰宅をしたら遅めの晩御飯だ。自転車を漕ぐ足に力を入れる。

前方から三人、人が来るのが見えた。体格からして、二人は男なのだろう。一人は幼子だった。しかし、そのシルエットに見覚えがある気がして、僅かに速度を落とす。近付くにつれて、それが“彼”だと分かった。向こうも此方に気付いたらしく、瞠目して、すれ違い様に傷付いたような表情をみせる。
何故傷付いたのかは分からない。唯、その感情の波が押し寄せたのは一瞬の出来事で、青年の表情は再び能面に戻った。

二人から通り過ぎたところで、自転車を止めて振り向く。彼が、悲しみを孕んだ眼をしたからかもしれない。