小宮と青年の関係は、とても奇妙なものである。互いのクラスも、学年も、名前も知らなかった。一学年6クラス、三学年で18クラスしかないので、見つけようと思えば見つけられるはずだが、何故か探そうとする気力は起きなかった。寧ろ、この特別な関係が崩れてしまうのを恐れてなのか、見つけること自体を嫌悪していた。特別な関係、といっても仲が良いわけでも、話が弾むわけでもない。ただ昼に牛乳を買って、渡す、それだけ。

偶に話をしようにも、内容は天気か気温かニュースのことだ。話に困ったときの常套句のような会話は、世辞にも面白いとは言えない。


と、そこで。小宮は青年の首の、背中に近いところに青紫色の痣を見つけた。水の中に青紫色の絵の具を落下させた様に、濃淡様々な紫の華が肌の上で鮮やかに咲いている。殆どは衣服の中に隠れてしまって、全貌何ぞは見えないが。

「如何したの、その傷」

小宮は問うた。

「天気は相変わらずか?」

青年はあからさまに話を逸らした。牛乳が空になったのだろう、紙パックを潰して、小宮に向かって投げる。ゴミ処理も彼の仕事だ。

「うん、暑いよ。快晴だ」

「そうか。そうだな」

青年が立ち上がる。美しい黒髪が揺れた。少しばかり振り向いた彼の薄い唇が動く。

「もうそろそろ、チャイム鳴るぞ」

途端、錆び付いた音が響いた。聞き慣れたチャイム音。小宮は急いで、残っていたおにぎりを頬張る。青年は既に階段を下り、姿を消そうとしていた。きゅ、と床を踏む上靴の音。離れていく背中を見て、不意に茫洋とした不安が襲った。誰も騎士の名前は知らなかったのだろう。