そうして呼びかけてあげるのだ。去っていく背中に投げ掛けるのだ。サエコ、ではなく、彼の名前を。黒い闇夜を垂らしたような、艶やかな髪色を目蓋の裏に浮かべる。王様に嫉妬され、殺された哀れな騎士。だのに、不可思議なことに、騎士の名前は誰も知らない。

小宮は二段飛ばしで階段を登る。額をさらりとした汗が伝った。蝉の声が、青々と輝く穹嶐に谺している。牛乳の入ったコンビニ袋を片手に、駆け上る。暫く行くと、漸く彼の瞳に踊場の景色が映った。ごくり、唾を飲む。

彼はゆっくりと口を開いた。