『気ィ引き締めて、“男”を演じろ』


昨夜はそう言って堂本は帰って行った。

あれから楓の携帯に着信が来ることはなかった。
圭輔からも連絡のないところをみると、恐らく勝手に携帯を使用されたことに気がついていないのだろう。

楓は圭輔の携帯から掛かってきた実父の電話の件よりも、正直堂本のことの方が頭(こころ)を占めていた。

そんなことは初めてで―――。


「ああ、おはよ」


多分、昨日堂本がアパートに来ていなければ、こんな風にいつものように居られなかった。

楓はケンの姿を見つけると、普段と同じく挨拶をした。


「…おす」


普段と違うのはケンの方だ。
いつもなら犬のように懐っこい笑顔で返事をするのに、今日はなにやら様子がおかしい。


「なに。具合でも悪い? なんかあった?」
「えっ!」


楓の冷静な問い掛けに、ケンは心底驚いたようで声を上げた。


「……ケン、わかりやすい」
「や、え? ま…マジ?」
「内容まではわからないけど? でもいつもと全然違うし」


さらりと話をする楓に対し、動揺しているケンは、動きも視線も落ち着かない。


「いや、実は―――…堂本さんとレンさんがオレの話をしてたっぽくて…」
「ケンの?」
「…あと、リュウ…」
「!」


楓はそこまで聞いて察した。
昨日堂本がレンに聞いたという、リュウのことを。
恐らくケンもいたあのロッカー室での出来事を、レンは堂本に報告したのだと。


「でも内容までは聞こえなくて…って、あ、あれだ! オレは別に盗み聞きしたわけじゃ…!」
「たまたま、なんだろ?」
「そう、たまたま! でも知ってる名前だと耳に入ってきやすくて」
「…そんな気にしなくていんじゃない」


あたふたするケンに楓は言った。
実際、ケンには悪いが、ケンがどうこうされるという内容ではないことを楓は知るから余計に冷静な答えになってしまう。