ぽかんと見あげる楓に、堂本は初めて小さく笑った。


「気、抜けた顔してんぞ」
「…!」
「そうだな…ひとつ言っとくとすれば…夜の仕事するなら、逆にホスト(こっち)の方が、男嫌い(おまえ)にとっては都合いいかもしれないぞ。…っていうとこかな」


楓は堂本のその言っている意味が理解出来ずにいた。
しかし堂本はそれ以上は何も言わず…。


「じゃ。とりあえずおれ、もう行くわ」
「え? ちょっと!」
「鍵はここに置いとく」


チャリ…っとキーをカウンターテーブルに置いて、振り返らずに堂本は部屋を出て行ってしまった。


「な…なんなの…」


夢じゃないかと疑うようなこの展開。
楓はそっと自分の手を重ねた。


(…夢じゃない)


何がなんだかわからない。でも確かに手には感触がリアルにある。
この事態を、神様からのちょっとした気遣いと受け取っていいものか否か。

楓はしばらくそのままベッドに居るまま考えた。

しかし答えが出ることでもなく。
それからもう一度じっくりと部屋を見渡してみた。そして静まり返った他人の部屋で、楓は窓越しに聞こえる雨音の中、再び熱く重い体を横たえて目を閉じた。


「…なんの匂いもしない」


そして手元に置いてあった名刺を見る。


「堂本、由樹―――」

(…ちょっとだけ、似てる)


楓は自分の中に唯一存在する、ある人物とさっき笑った堂本の顔を瞼の裏側で重ね合わせて、そう思った。