一方、楓はケンよりも先にアパートに着いてひと息ついていた。

冷蔵庫から水を取り出し、グラスに開ける。

今日起こったこと―――…リュウに絡まれたこと、ケンがそれに対して過剰な反応をしたこと。
そしてケンの心の中のこと。

それに感化されて、自分のことも考えてしまう。

ぼんやりと、決して明るい気持ちではなかったその時、脱いだ上着からバイブの音が聞こえてグラスを置いた。

携帯を取り出し、見てみると、そこには【圭輔】と表示されていて気が緩む。

完全に気を抜いた状態で、携帯を耳にあて声を出した。


「もしもし」


こんな遅い時間なのに、どうしたのか。
不思議そうな声色で楓が言うと、少しの間のあと受話器から反応があった。


『…へぇ。元気そうだ』
「―――!」


その声は圭輔ではない。
楓の携帯の持つ手は汗ばんで、一瞬で全身から血の気が引く。

先程喉を潤したばかりなのに、喉が張り付くように乾いていた。


『全然連絡も寄越さないし…もしかして、と思ったら案の定。コイツとは連絡とってんだと思ってよ〜』


その耳元から聞こえる不快な声は、楓の記憶と同じで酒に酔った話し方。
恐らくは、事実、酔っているのだろう。


『おい、なんか喋れよ』


陽気にそういう男の声に、楓は手を震わせる。
そして、震えるのは手だけでなく声もだった。


「っ…何も話すことなんか、ないっ…」


掠れた声で、辛うじてそう伝えると、こちらのことはお構いなしで電話の相手は話を続ける。


『おいおい、怒ってんのか〜? 仲直りしよう〜なぁ?』
「…もう、関わりたくないっ」
『あぁ〜? んな事言ったってムリだろ? 俺とお前は―――』


そこまで聞いて、楓は一方的に通話を切った。

心臓が、この上ない程騒ぎ立てている。
心なしか息も上がって…瞬きも出来ずに両手の中にある携帯を見下ろしていた。

すると、再びその手の中のものが振動を始める。