「それで、2つめの部屋がーー」


それから楓はケンとばかりいた。
それは楓が近づく、と言うよりは、ケンが慕っている。といった方が正しい。
それでも、楓はそんなケンが嫌ではなく、それなりに仲良くすることが出来ていた。


「じゃあそのどっちかに決めるんだ?」
「んー。グズグズしてたらレンさんとこ追い出されるし」
「追い出されるって……」
「や、そんな人じゃないってわかってるけど! 約束は約束だから! 今月中って」


閉店後の仕事を終えてからのロッカー室でしかゆっくり話は出来ない。

それは楓もケンも、周りに知られてはいけないものを抱えている、という共通点があるから。


「さて。シュウ、出る?」
「ああ。もう帰れる」


特にこれと言って身支度はない。
着替えるわけでも無く、そのままスーツ姿で帰宅するのだから。

それでも、ケンがいることによって、楓は余計に気を張らなければならない。
今まで一人きりのロッカー室だったが、最近はケンが常に一緒だ。
ボロを出さない様に、慎重に。ある程度の距離は保ちながら、楓はやり過ごしていた。


「お、またお前ら一緒か」


ロッカー室を出たところで声を掛けられ、二人は足を止める。


「堂本さん!」


そう、飼い主に会えた犬のような顔で名を口にするのはケン。


「お前ら、気が合うみてぇだな」
「シュウはなんか話やすくて」
「…そうか」


ケンは気付いていないが、堂本は楓に意味ありげな視線を送りながら答えていた。
その視線を受けた楓は複雑な表情をする。



「堂本さん、まだなにか仕事ですか?」
「いや……おれももう出る」


店を閉める楓を置いて、堂本とケンの二人が話しながら階段を歩き進めていた。

楓が階段を登り切った時、顔をあげると堂本は煙草に火を点けてケンの横で楓を待っていた。