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(あ…雨…)
楓は繁華街に居た。
着の身着のまま、何も持たず。
唯一手にして居たのは、一枚のメモと少しのお金。
深夜2時を回った頃。
そんな時間でも関係なしに、自分の心と相反して賑やかで煌めく街。
確かにそこに足をついて、立っている筈なのに。
なぜか楓には実感も何もなく、ただ傍観するように雨で滲むネオンの光と行き交う車、一つの傘の下、腕を絡ませ合う男女を何組も暗い瞳に映し出していた。
行くアテも、頼るアテもなく。
楓はどのくらいその場に立ち尽くしていただろうか。
ポツポツと降り始めた雨は、いつしか髪から滴る程に変わっていた。
立つ気力も体力もなくなってきた楓は、店仕舞いしている軒先で座り込んだ。
膝を抱えて、それでも視線は前に向ける。
その視界もだんだんと細く、ぼやけてきたと思った時に、一人の男が楓の前で足を止めた。
「…捨て“人”か?」
何処にでもある透明の傘が少し小さいのか、その男は肩を濡らして楓を見降ろした。
反対に楓はその男をゆっくりと見上げた。
高そうなスーツに有名ブランドの腕時計。
その身なりからすぐに、この街の人間だ、と楓は理解する。
それと同時にそれ以上後ろに下がれないのにも関わらず、楓は身を引いた。
「お前…女か?」
少し驚いた顔をしてその男は楓に静かに問う。
その質問には楓は目を逸らすだけで何も答えなかった。
しかし、楓の自分自身を強く抱くような仕草から、ただ単に反抗している風でもなかった。
「誰も獲って喰ったりしねぇよ」
そう言う男は、確かにその立ち止まった位置から1ミリも楓に近づく様子はなかった。
その雰囲気に、不覚にもほんの少し、安心してしまったのか―――楓はそのまま意識を失った。