「手紙(それ)には、桜がきみのことを心配して頼むようなことを書いていたが――私の力はどうやら不要のようだ」


桜が生前、別々の道を歩むことを決め、ずっと連絡もせずにいた洋人に宛てた手紙。
それの内容は、自分のことではなく、娘の――楓のこと。



【ご無沙汰しております。お元気でしょうか。

あれからもう随分と月日が流れましたね。
きっと、星見さんは今もどなたかを助けて差し上げているのでしょうね。

突然の手紙で驚かれたかもしれません。

そして、そんな久し振りの手紙でこんな一方的なお願いをするなんて、図々しいと思われることも承知しております。

けれど――――信頼できるあなたに……。

もしも気が向きましたら、私の娘を気に掛けてやっては頂けませんでしょうか。

お恥ずかしい話ですが、あれから成宮は変わる気配も感じません。
私自身は自分の選んだ道です。後悔よりも、その先を考えることで、何にも耐えられます。

でも……もし、私が居なくなった後――娘が苦しむことになるのであれば、私は死よりも苦しいことなのです。

どうしても、辛い局面に娘が立たされていたとしたなら、あなたの力を少しでいい――貸してやってくださいませ。

どうか、よろしくお願いいたします。


――――桜


追伸

あの桜の舞う日から数か月……木々が紅色に彩り始めた頃に娘は産まれました。
名を『楓』と言います】



「きみも桜と同じで、自分で決めて自分で生きていく――きっとそんな力があるんだろう?」


細めた目尻にしわを寄せ、優しく微笑む洋人が言う。


(ああ。やっぱり、堂本さんのお父さんだ……)


その雰囲気と瞳に、どこか安心させるものを感じる。
母が惹かれる理由は、楓が一番わかっているのかもしれない。


「私にはそんな力、ないです。だけど、それって、“私一人きりじゃ”ってことだと気付いたんです」


そうしてゆっくりと後ろを振り返り圭輔を見る。
圭輔は眉を上げて、驚いた顔をする。