家出した未成年にしては、あり得ない程の立派なアパート。

カーテンはもちろん、ベッドや家電も揃っている。
その広めのワンルームの部屋には、他に余計なものは見当たらない。

そこは本当に普段使用していないのがわかるほど生活感が感じられない。


「…なんの匂いもしない」


楓は静まり返った部屋のベッドに横たわって、シーリングライトをぼんやり見つめて呟いた。


目を閉じると、自分の意思に反して蘇る記憶。


それは映像だけじゃなく、その音や臭いまで鮮明で。
現実には解放されている筈のその呪縛から解き放たれないかのように。自由に動く筈の瞼が、口が、四肢が、鉛のように重く動くことをしない。

やっとの思いで再び目を開けた楓は、荒い呼吸で、じっとりとした汗の背中をベッドからようやく離して起き上がった。

手元にあった一枚の名刺を思い出し、手に取る。


それはつい今しがた去って行った男のもの。

出逢って、間も無い―――。