自宅マンションの駐車場に車を停めて、もうすぐ1時間。

それでも堂本は降りようとはせずに、ハンドルに両腕を掛け、そこに顔を乗せてただ一点を見つめていた。

エンジンを切った車内は、一人考え事をするのにうってつけだった。

駐車場の僅かな電気で、銀色に光る腕時計を見た。

時刻は午前3時。

手には一枚の小さな紙。

堂本は体を起こすと、おもむろにポケットから携帯を取り出した。
そして気持ちが変わらないうちに、とその紙と携帯を交互に見ながら操作して耳にあてる。


「……っは。この歳で、いまさら緊張するなんて……」


自分に苦笑して目を閉じる。


(時間が悪かったか……それとも、知らない番号からなんて、出るわけないか……)

7コール聞いたところでそう思い、耳から離そうとした時だった。


『……もしもし?』


スピーカーから聞こえたその声に、今まで十数年かけて忘れようとしてきたもの全てが一瞬で蘇る。


『…………由樹?』


いつもは用意周到にする性格のはずなのに、今回ばかりはなにも考えていなかった。

ただ勢いと、根底にある想いだけで動いていたから。


「……元気か?」


ようやく声が出ても、体の大きさからは想像できないくらいに掠れて細い声。


『うん……元気。由樹は?』


あれだけ焦がれていた菫の声が鼓膜を揺らす。

その耳がものすごく熱を感じて脈打つ錯覚まで起こっていた。
自分のうるさい心音までもが邪魔だと感じて、懸命に受話器からの菫の声だけを拾おうと集中する。


「おれも元気だ」


もっと伝えたいことがある。
聞きたいことも、聞いて欲しいことも、数えきれないくらいに。

だけど何から話せばいいのかわからない。

せっかくのこの時間を、ほとんどが沈黙で過ぎていく。


『ねぇ、由樹』
「……ん?」
『今度会おうか?』