「す……み、れ……って――どうしてその名前を……」
『姉が好きだ』とは、圭輔に公言したけれど、名前までは言っていない。
明らかに動揺した堂本に、少し申し訳なさそうに楓は説明する。
「――レンさんに、少し……。私が無理矢理聞き出したんです」
「ああ……いや……レンを責めたりもしねぇよ」
すぐに冷静を取り戻した堂本は、変わった信号にやっと気が付き、フロントガラスに向きなおして車を発進させた。
遠回りをしている運転は、楓の見たことのない道を真っ直ぐと走る。
楓はそんなことはもう、気にも留めずに、堂本だけを見ていた。
「――――菫は、気が強くて、でも気をよく遣うやつで……面倒見が良くて、よく笑うやつだった」
「……『だった』って……今は……?」
聞き返すことを迷った楓だが、もう自分の気持ちに正直になることを決めたのだ、と思い切って切りこんだ。
すると、楓が心配するような反応もなく、堂本は隠す様子も見せずに答える。
「今は……わかんねえ。会ってないんだ、ずっと」
そう言い終わると、人気のない路地に車を停車させた。
ミラーに映る堂本の目が、楓には少し辛そうに見える。
「どうして、会わないんですか?」
「逃げたから」
「え?」
「おれは、菫の人生壊しそうで、18んときに逃げたんだ」
ハンドルを握る手を離さず、むしろ力を込めた堂本は苦しそうに吐露する。
「それくらい、好きだったから……」
目を固く閉じた堂本は、恐らくその頃や菫を思い出しているのだなと楓は思った。
沈黙のあと、楓が掠れた声で問う。
「“今も”……ですよね……?」
その問いを受けてもなお、堂本はすぐに目を開けなかった。
外も車内もなんの音もせず、二人の息すらも聞こえるくらい静かな空間。
楓が心配そうに見つめる中、堂本がやっと目を開いてハンドルから手を離す。
そして運転席の窓から遠くを見つめて言った。
「そうだな……」



