「辛気臭いカオねぇ」
「うるせぇな。いつもどーりの顔だっつーの」
「そう言われればそうね」


楓の元から去った堂本は、一軒のスナックに訪れていた。


「ようやく今、帰ろうかと思ったところなのに」
「――ちょっと、頼みたいことがあるんだ」
「そんなの、電話がきた時からわかってるわよ。ちなみにあの子絡み、ってとこでしょ」
「ご名答」


カウンター席に座って、天井を仰いで紫煙を吐いて言った。

そんな堂本を見ながら、メイク崩れの知らないような赤い唇が薄っすらと笑みを浮かべる。それは楓の介抱を手伝った女だ。
その女が、帰るのを諦めて、自分もカウンターの椅子に腰を下ろして言う。


「……気持ちが変わるきっかけになったんじゃないの?」
「……」
「そろそろ逃げるのやめたらいいのに。多分、あの子に逢った今が、そのときだと思うけど」
「――自分(テメェ)のこととなると、どうも腰が引けるらしい」
「それもわかってるわよ。前からね」


テーブルに頬杖をつき、組んだ足の先の自分の革靴に視線を落とす。

綺麗に磨かれた、ブランド物の黒い革靴。

あの時の自分は、汚いスニーカーで飛び出した。


――そう。楓と同じように。


「実は……ある人が、尋ねてきたの」
「『ある人』?」
「多分、どうせあなたのところに直接会いに行くんだと思うわ。遅かれ早かれ」


靴から視線を上げて、女の顔を見る。
女はカウンターに入ると、空になったグラスに代わって、水を差しだしながら言う。


「こうやって、私とあなたがお互いに協力して、店をそれぞれ持ったのはついこの前だけど。でも私たちはお店を構える前から知り合いだった。そのことを知って、私の所にきたわ。
『今の由樹が知りたい』――と」