レンがいなくなって、少し冷静になってきた。


(大丈夫――今すぐどうにかなるってことはない。あいつがそんな機敏に行動する想像だって出来ない。それよりも、レンさんが電話した相手って――)


楓がその相手の一人を予想立てたときに、楓の元に足音が近付いてきた。

その足音に視線を向けると、そこにはやはり想像通りの人物。


「『様子がおかしい』って、呼び出されたけど?」
「ど……うもと、さん――」
「……ああ。確かにひでぇ顔してるな」


目の前に堂本が現れて、ようやく冷静になった筈の心が、いともたやすく崩れた。
堂本の前だと、自然に素の自分になってしまう。


「す……っ、すみませ……」
「あとでゆっくり聞く」


頭を下げるのと同時に、目から涙が出そうになる。
堂本相手だと、涙腺も簡単に決壊してしまう程に、楓にとってやはり心を許す存在になっていた。

堂本は裏口へと踵を返す。


「来い」


俯いたまま動かない楓に一言投げ掛け、楓はその言葉にしたがって、堂本の革靴だけを目で追って歩いた。

堂本について外に出ると、いつもの黒い車が止まっていた。
堂本は車の後部座席のドアを開けて振り返る。

何も言わず、目で楓に乗るように訴えると、楓もそれを汲み取って、軽く会釈をして乗り込んだ。

堂本も運転席に座ると、すぐに車は走り出した。


「……家でいいか?」
「はい……」


そう聞かれて答えたあとは、一言も何も言われたり聞かれたりはしなかった。

ただ、車内にはエンジン音が響くだけ。

そして、窓の外の夜道をぼんやりと眺めていた。