金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜


背中に、土居くんが咳き込む音と、それから有紗たちの視線を感じながら私たちは走った。

私の手首を掴んでいた手は、途中から私の手を強く握りしめていた。



「……ここまで来れば、大丈夫……かな」



学校のみんなが居る通りからだいぶ離れた、狭い道へと入ってから私たちは足を止めた。

お店よりも民家やアパートが並ぶ、静かな通りだった。



「やっと、捕まえることができました」



握った手を離さないまま微笑んだのは、もちろん……恩田先生だった。


先生を見つめると、胸が壊れた階段みたいに軋む。それでも今日は目を逸らさない。



「私も……先生と話さなくちゃって、思ってました」


「それなら良かった。このままわけもわからず土居くんにきみを奪われるのは、癪でしたから……」



先生はそう言って、私の手をそっと離した。私が逃げないって、信じてくれたみたいだ。



「先生は……本当にわけがわからないんですか?」



――――あの夜のこと、先生は何一つとして覚えていないんだろうか。


居るはずのない小夜子さんに、本当に逢えたと思っているのか。


それともその記憶をすべて、忘れているのか。



「……必死で、考えました。きみの態度が急に変わって、元気がないのに僕を頼ってくれなくて、何故だか土居くんと親密になっている。……原因はきっと僕なんですね?」



私は、小さく頷いた。