「アグアさん! お願い何とかして!」

「不可能です」

「そんな事言わないで!」

「無理です。命とは……」

 アグアさんは俯き、涙を一粒流した。

「命とは、世界にたったひとつしか無いものなのです」

 命は、たったひとつだけ。

 マティルダちゃんの命も。イフリートの命も。ノームの命も。

 ヴァニスの命も。モネグロスの命も。ジンの命も。

 取り替えがきくものならば、あたしもアグアさんも、これほど苦しみはしない。

 身も枯れるほど嘆き悲しみはしない。

 命とは……

 失えば、それほどもう、どうしようもないものなんだ。

「雫よ……」

 ヴァニスの黒ずみかけた唇から、小さな声が息と共に漏れた。

「これで良い。余は人間の王として、マティルダの兄として、果たしたい望みを果たした」

『果たしたい望み』

 ……違う。そうじゃない。あなたが本当に果たしたい望みは、そうじゃない。

 帰りたいんでしょう?

 ロッテンマイヤーさんの元へ。お城の人達の元へ。国民の元へ。

「そしてこれからも、皆を守って生きたいんでしょう?」

 ヴァニスは、ぼんやりとした目で笑って答えた。

「これでもう、尻をぶたれずに済むであろう」

 初めて出会った時から、いつも変わらぬ強い視線。

 あなたはいつも堂々とまっすぐ前を見て、進む道を信じていた。

 間近で見た黒い瞳。あたしの頬にかかった黒い髪。

 触れた唇。抱きしめられた広い胸。優しい言葉。

 受け入れる事のできなかった、あなたの想い。