ヴァニスは、静かに立ち上がった。

 相変わらず、ふたりは何も言わないし、あたしにはふたりの心の内を読み取るすべも無いし。

 ヴァニスの気持ちに応える事も、できない。

 あたしには、ただ、この複雑な胸の苦しみを抱えながら、ひたすらジンに思いを寄せる事だけしかできない。

「急ぐぞ、風の精霊」

「ああ」

 ヴァニスとジンが頷き合う。

 そうだわ。あたし達はやるべき事をやらなければならないのだから。

 あたし達は揃って走り出し、身動き取れない兵士達の横を通り過ぎる。

「待て! ヴァニス王!」

 兵士達が口々に口汚く罵った。

「国王のくせに我々から逃げるつもりか!?」

 ……ピクン、と、あたしの眉間に皺が寄る

 いや、だめよ。ものすごく癇に障るけど、無視。今は無視よ。

 無視して通り過ぎなきゃ。

「人間としての誇りがあるなら、正々堂々と勝負しろ!」

 ……無視。無視。

「負けるのが分かっているから、尻尾を巻いて逃げ出すんだな!?」

 ……無……視。

「この卑怯者め! 精霊ごときと手を組んで、人間の面汚しめ!」

「ノーム! 構わないからこいつ等全員、頭のてっぺんが見えなくなるまで埋めちゃって!」

 冗談じゃないわよ! 大勢でヴァニスを狙っておいて、どのツラが卑怯者だなんて言えるの!?

 面汚しはそっちの方じゃないの!