銀の精霊・森の狂王・時々、邪神

「どうして?」

「のこのこ敵の手の内に舞い戻ってどうする。狂王が素直にお前を送り出すと思うか?」

「それは……」

 それは、確かに難しいかもしれない。

 ヴァニスのあたしへの感情を考えればなおさらだわ。

「ここは敵の陣中なんだ。おそらく精霊の長にも、とっくに気付かれている。急いでここを離れるぞ」

 ジンに促され、あたしはようやく歩き出した。

 イフリートがモネグロスを抱きかかえて歩き、あたし達が土と草を踏む鈍い音だけが耳に聞こえる。

 重い鉛の足枷をはめられているように足取りは重く、庭の景色が涙で潤む。

 お別れさえ、できない。仲良くなれたのに。あんなに世話にもなったのに。

 それなのにあたしは今、見捨てて逃げる。自分だけ。

 そしてあたしが無事な場所まで逃げ果せた後で、全員死ぬんだわ。

 一人残らず。あたしの遥か手の届かない場所で。

 涙が盛り上がり、鼻の奥がジリジリと焼けるように痛んだ。

 罪悪感が一歩進むごとに大きく膨れあがる。

 いいの? これで。本当にこれでいいの? 後悔しない?

 あたしはまた後になってから、

『どうしてあの時あたしは……』

 そうやって悩み苦しむ事にならない?

 本当に、本当に今回ばかりは取り返しがつかないのよ?

 みんな死んでしまったら、終わってしまったら、後戻りなんてできないのよ?