銀の精霊・森の狂王・時々、邪神

 あたしは、ジンに向かってゆっくりと右手を出した。

 何も無かった時間に、戻れる。

 あたしを裏切った婚約者への愛も、ふたりへの憎しみも、何も無かった穏やかな時間へ。

 戻れるんだわ。そして……。

 あたしの右手は、ピクリと動きを止めた。

 ……そして、世界の人間は死に絶える。

 ヴァニスもマティルダちゃんも侍女のみんなも、国民も全て。

 全部全部死んでいく。

 ひして、あたしひとりで生き延びるんだわ。

 その事実を知りながら、誰にも告げることなく。

 あたしは右手をギュッと握り締め、引っ込めた。

「最後の……最後のチャンスを、ちょうだい」

 せめて告げさせて。人間にこの事実を。

 告げさせてくれるだけでいいの。

 理解させようとまではしない。理解してくれなかったら、それ以上は何もしないから。

 せめて選択肢だけは与えて。そして自分たちで選ばせて。

 滅びるか、生き延びるかを。

 お願いよジン。告げたらすぐにここへ戻ってくるから。

 気高い国王ヴァニス。可愛いマティルダちゃん。

 気の良い侍女達。明るい国民。

 この国で触れ合った、ひとりひとりの笑顔が浮かんで、泣きそうになる。

 いずれ間も無く失う人達に、大好きなあの人達に、せめて最後に……。

「最後に、みんなに感謝と別れの言葉……」

「だめだ」