心細さのあまり、お守りのようにジンの名を心の中で繰り返すあたしの目の前には、ヴァニスがいる。

 こんな間近でこの男を見た事はなかったから、あたしは思わず、食い入るようにじっと眺めた。

 黒い瞳が、あたしを見つめている。
 真っ直ぐな、曇りの無い瞳が、あたしを……。

「ヴァニス王様! バンザーイ!」

 突然、ラッパの様な音と共に歓声が聞こえた。

 黒い瞳に魅入られていたあたしはハッとして姿勢を正す。

 い、いけない。あたしったら何をぼうっとしてるのよ!

 城下町の人々が列を成し、皆一様に興奮した笑顔で、ヴァニスの到着を待ちわびている。

 その間を馬車はゆっくりと駆け抜け、やがて広場の大きな噴水の手前で止まった。

「ヴァニス王様――!!」
「王様! 王様――!!」
「我らが名君ヴァニス王――!!」

 大きな歓声に迎えられて、ヴァニスは手を振って応えながら馬車を降り、あたしも無言で馬車を降りる。

 なんだか、この場にいたくない……。この華やかさは、今のあたしには負担だわ。

 だから目立たないように、できるだけ後ろの方へ引っ込もうとして、コソコソと妖怪馬の陰に隠れていると……

「ヴァニス王様、そちらのお美しい貴婦人は?」

 そんな声が聞こえた。

 お美しい貴婦人? 誰? どこ?

 あら気がつかなかった。あたし以外にも誰か視察に同行してたっけ?

 キョロキョロ探していると、ヴァニスや町の人々とバシッと目が合ってしまった。

 全員揃ってあたしを凝視してて、その視線の多さに思わずビビる。

 な、なに? 何か用?

 ……え?

 ひょっとして、美しい貴婦人て……

 あたしかぁっ!?