あなた野病院は、看板の無い病院だ。
霧吹ご一行が帰ったあと、トイレに隠れていた犬山がゆっくりと出てきて、あなたのに封筒を渡す。
「犬山さん、これで良かったんですかぁ? 葵ちゃん、霧吹のぼっちゃんにあげちゃうんですかぁ? もったいないですねぇ。もっといい人がいるもんでしょうに葵ちゃんなら。かわいいし、正直だし、気立てもいいし、なんせ度胸がある。普通の生活のほうがいいんじゃないんですかねぇ」
ぬめぬめした声で指をペロっと舐めて、札束を数える。
「他の誰だか分からん奴にやられるくらいなら、将ちゃんでいいでしょ。それにだ、俺の血を引いてるんだから、そんじょそこらの奴じゃ満足しやしねぇよ」
「ああ、そうでしたね、あなたの血を少しでも引いているなら、遊びを覚えたら大変なことになりますねぇ。じゃじゃ馬にならないためには、ぼっちゃんのところにいるのが一番やもしれませんねぇ。ああ見えて、面倒見がいいですからねぇぼっちゃんは」
「だろ? 修の件だってよ、修のSOS聞いて間髪入れずに飛び出してったってんだから、あいつはバカだ。あっちの仲間に連絡すりゃぁ、わざわざ出向く必要も無かったのによ。だからこそ、なんかあったらいの一番に助けるだろうよあの男は」
なるほどと納得する犬山は、まんまと霧吹をハメてやったことに満足し、あなたのと連れ立って、先に赤パンツに向かった組長らを追った。
霧吹邸に運ばれた葵は、以前のように畳の上に敷いた布団の上に寝かされ、知らぬうちに盛られたウニャララのおかげでぐっすりと眠っている。
霧吹は次郎と共に突っ立ったまんま、葵を上から見下ろしていた。
「やっぱよ、あれか? それか? これか?」
「へ、へぇ、そーっすね」
「そうか。やっぱ、そうなるか」
「まちがいないっす」
暗号解読のような会話は二人にしか分からないだろう。
霧吹の決して綺麗とは言い難いじゃがいものような凸凹の心臓を、子猫が再度引っ掻いた。
霧吹はその猫に逆らうのは、もうやめにした。

