「これでチャラな」
にっかり笑う霧吹は、修を愛でるように見た。もうあれだ、家族愛だ。
小刻みに頷く修は、泣いているのかもしれない。霧吹に気づかれないようにそっぽを向く。そんな修の性格を十分過ぎるほど知り尽くしている霧吹は修に背を向け、次郎からも見えないように自分の後ろに隠してやった。修はやっと肩の力が抜けたのか、美紀子と運転手と肩を並べて自分のリムジンの方へ向かった。
修は何日も放浪してやせ細った猫のようになっていた。使い込まれたボロぞうきんさながらだ。
『ボロ雑巾』この言葉が今の修にはよく似合う。
コロンビアの仕事に失敗し、いや、自意識過剰になっていたためか足下をすくわれた修はどうにもこうにも揃えられない金額を提示された。要はハメられたわけだ。修が持ち込んでいる金をそっくりそのまんま奪い取ってやろうと企んでいたコロンビア人は修のことをうまく真綿で絞めていた。
丁度頭の高さから地面に黒い染みがこびりついている壁の前で、自分が次にこうなるということを示唆された修は、組と話を通すという言い訳で、頼りたくはない人物、霧吹に助けを求める電話をかけた。
もちろん霧吹はすぐに日本を飛び出し、助けに向かったがしかし、修を助ける前にそいつらをフルボッコにしてやろうと息巻いていた。久しく喧嘩をしていなかったわけだ。ワクワクしちゃったのだろう。
コロンビア人だって一枚も二枚も上手だ。物心ついた時からギャングな世界に身を置いてきている奴らだ。世界中のギャングを相手に商売をしてきているわけだ。日本全国のヤクザだってそのパイプが欲しくて色々な角度からコロンビアにアプローチをしている。その中には修をよく思っていない奴らだっているわけだ。
「そうだ、将権」
美紀子が思い出したように霧吹を呼ぶ。
「金はねーぞ」
「違うわよ。あのさ、あの子」
「どの子?」
「あれよ」
「京香?」
「違う違う」
「愛羅? 違うか」
「違うわよバカ」
「ああ、由香か」
「ほんと、バカでしょ! あのガキよ! ほら、葵ちゃんだっけ? 大学生いたでしょ」
おーおーと頷いて返事をする。
「うちにも何回か来てたみたいよ。若いのが言ってた。でも、言われた通りに出なかったし、相手にもしなかったって」
「そうか」
素っ気なく言った霧吹だったが、心臓に住み着いている子猫が、思い出したように小躍りし始めた。
「いいんじゃない? 案外あの子、いい感じに馴染むかもよ?」
「アホか。かたぎは、」
「何言ってんのよ、犬山のお嬢さんでしょ? かたぎじゃないじゃない」
じゃね! っと最後に一言余計な言葉を置き土産に、修の車は一路東京へ向けてアクセルを踏んだ。

