思い切り喚き散らすコオロギだったが、そんなものは船に乗った瞬間に聞こえなくなった。この船は改造工作船だ。防音機能だって揃っている。
船に積み込まれたときに船内にいる漁師に圧倒されたんだろう。物音はぴたりとやんだ。
その後、運転手が車から出してきた台車に段ボールを数箱積んで、船に乗り入れた。
酒だ。
キャプテン・マクロは修に深々と頭を下げ、汽笛の変わりにライトを数回点滅させて、夜の海へと密航して行った。
コオロギはこれから一年間をこのマグロ漁船内で過ごし、海の男たちにもまれ、立派な『漢』となって帰ってくることだろう。
しかし一年後には葵はあの家にはもういない。ということを、このときのコオロギは考えられなかった。
霧吹や野兎を敵に回すと、自分の意図するべき道は進めない。ということを身をもって覚える21の夏の夜。
何事も早めに経験することに越したことはない。そういうことだ。
コオロギは大学を休学するという名目で青森へと無理矢理連れられて行く。
どんなに泣き叫んでも、ちびっても、声は陸には届かない。
うらはらな気持ちを船に一緒に積んだまま出航したコオロギは、理不尽な事の進みに絶望感でいっぱいだった。

