「今週の土曜日、空いてますか。」

みんなと別れてすぐ、梶君が言った。

私はケータイのカレンダーを確認して、頷いた。

「水族館のチケット2枚もらったから、一緒に行こうよ。」

珍しく疑問系ではない提案をしてきた梶君に、私は少しだけ驚いた。

「イヤだったら断ってくれても大丈夫だけど……。」

すぐにそう付け加えて、梶君は俯く。

少し先の折れたチケットを無言で差し出され、私はためらいながらも受け取った。

「土曜日の11時。駅前集合で。」

梶君に言われ、私もゆっくり頷いた。

突然のことで驚いてしまったものの、内心ではすごく嬉しかった。



――デートって考えていいのかな。

リップを塗りながら私は自分の席で頬を染めた。

昨晩は悶々として眠れなかったというのに、一晩おいても高揚したテンションは下がらなかった。

「綾瀬ちゃん、なんか楽しそうだね。」

不意に、持っていたミラーが奪われた。

いつの間にか私の席まで来ていためぐちゃんが、ミラーを持ったまま不審そうな顔で私を見る。

「そんなことないよ!」

慌ててそう言い、めぐちゃんからミラーをひったくると、少しだけ落ち着いた。

他の人から見ても分かるほど、表情に出ていたのだろうか。

「もしかして梶君と進展あったの?」

ニヤニヤしながら訊ねてくるめぐちゃんに、私は「違うよ!!」と少しだけ大声をあげてしまった。

周りのクラスメートたちが振り返り、私も慌てて口を押さえる。

「うわー、やっぱり何かあったんだ。」

めぐちゃんは笑いながら、自分の席へと行ってしまった。



昼休み。

めぐちゃんと一緒に教室を出た際、パンと財布を持って購買部から戻って来た淳君とすれ違った。

彼は長い前髪の中から私をチラッと見たが、何か声をかけてくるわけではなかった。


放課後、淳君は私に声をかけずにさっさと教室を出て行ってしまった。

荷物をまとめている途中だった私は「今日は一緒じゃないのか」と少しだけホッとした。

けれど、先日木山君に言われた「一緒に帰ってやって」という言葉を思い出し、慌てて後を追った。

下駄箱で淳君に追いつくことができた。

「淳君、一緒に帰ろう。」

私が声をかけると、靴を履き替えていた彼は驚いたように顔をあげ、私をまじまじと見た。

彼は何の返事もしなかったけれど、私が上履きをローファーに替えるのを待っていてくれた。

「あの後、あいつに何か言われなかった?」

淳君がボソッと言う。

あいつ、というのが木山君のことだとすぐに分かった。

私は「別に何も」と答えたけれど、昨日の別れ際に言われた言葉はまだ頭の中を回っていた。




何となく淳君が元気がないように見えたけれど、私は何もかける言葉が見付からず、結局は大した会話もしないまま駅まで着いてしまった。

「今日は声かけてくれてありがと。」

改札を抜ける前に、淳君は小声でそう言った。

定期券で改札を通り、そのまま姿を消そうとする淳君に、私は慌てて声をかけた。

「淳君、これ、私の電話番号。」

いつもとっさの時のために持ち歩いているメモを、私は淳君に差し出す。

彼は驚いたように振り返り、しばらく私とメモを交互に見ていたが、やがて無言で受け取ってくれた。