姓は?
ないのだろうか。
問うように名を呼ぶと、彼は「はい」と薔薇の中で柔らかく笑んだ。
それは彼が貴族筋の出身ではなく、庶民の出であることを意味する。
王の側近であるならば、
貴族が当たり前のように通う貴族院の高等士官学校に通い、
士官試験も相当な成績を残さなくては職につけないはずだ。
生来破格の魔力を秘めていたエカテリーナは別格だったが、
五百年経った今でさえ、士官の登用は変わらないだろう。
エカテリーナが疑問を口にすると、ラッツェルは頷く。
「庶民出のわたしを援助してくださる奇特なお方がおられまして」
「それは――ロゼリン?」
「いいえ。陛下に出会う前のことでございます」
懐かしそうに薔薇を見つめるラッツェルの表情は穏やかだった。
エカテリーナが触れることの叶わなかった薔薇の花弁は、
触れられなかったことを惜しむように、はらりとひとひら落ちていく。


