エカテリーナは自らの唇を噛みしめて、馬の鬣から手を離す。
このまま、エカテリーナが馬から転がり落ちればいい。
それだけで、すべてが終わるのだから。
ぎゅっと握りしめた杖を撫でる。
視線を落とすと、深い闇の色をした沼が足元に広がるばかりだった。
終わりのない世界。
だが、これもエカテリーナが死ねば消えてなくなるもの。
――――怖くはない。わらわはすでに五百年も生きてきたのであろう?
それは人の生涯を凌駕するものだ。
知らなかったとはいえ、それほどに無為に過ごした人生。
今さら失うことに恐れはない。
――――このまま、下に頭を向ければよいのじゃ。ただ、それだけですべてが穏便に終わる。
エカテリーナは杖を握る力を弛めた。
硬い鬣を撫でながら微笑んで、もうひと踏ん張りじゃ、と馬を励ました。
そのまま、重力に任せて身体を傾けた。
死ぬ恐怖から目を反らすように瞼を閉じる。


