塔の中の魔女


「……ならちび、おまえが知る王の名は?」


「蛮族に教えるは不敬にあたる」


「……ルドルフ・イヴァノヴィチ・ダン・ユスポフ」


ピクリとエカテリーナの肩が揺れた。

青年の腹の上に座り込んだまま、緋色の目をあげる。

その名は確かにエカテリーナが知る、王の御名。

側に仕えてきた主君の名に違いなかった。


「……そなた、なぜ陛下の名を」


エカテリーナが訝しげに問うと、

青年はその整った容貌を微かに曇らせて答えた。


「ユダの負の歴史は小さい頃に習ったからな。
宮殿の政務室に続く回廊には歴代の王の綴織壁掛(タペストリー)が飾られていて、その顔も知っている。
確かにちび、おまえの言うようにユスポフ王は貫禄があって、品のある印象だ」


「……なにを言っておる」


エカテリーナは青年の言葉に息を飲んだ。

明晰でありながらも小さな頭の中では、信じたくない予感がぐるぐると駆け巡っていた。


「王は――、儚くなられたか?」


肯定を否定するような、密かな呟き。

けれど、青年は確かに頷いた。

そして、エカテリーナが愕然とする一言を投げかけた。










「ユスポフ王は亡くなられた、五百年前の大戦で――――」