「結界にも、そう容易く入れるわけにはゆかぬのじゃ。すまぬが馬よ、あるじを連れ帰っておくれ」
往生際悪く、エカテリーナが結界の前で足踏みしている馬に、魅了の魔法に包んだ思念を送ると、
馬は素直にエカテリーナに従い、引き返そうとする。
「よい馬じゃ」
ホッとしたのもつかの間、
馬は馬主に易々と説得されて、結界を踏み込んでくるではないか。
「な、なんということじゃ。確かに王規には謁見をひとり許すとあちらの意向を汲んだ」
本来ならば、二度と会うつもりはなかったので、内側から強い結界を幾重にも張り巡らさせてもらったが。
「これでは会わぬわけにいかぬではないか」
目深に黒い帽子を被る。
けぶるような緋色の瞳が、長めのつばに隠れた。
腰の長さまであるエカテリーナのプラチナブロンドの髪が、魔導着の上をさらさらと滑る。
彼女は、困ったようにもじもじと胸元のリボンに手を置いた。
「…………他に打つ手はないものかの」
手っ取り早く、あの使者らしき者を追っ払う、よい方法。
しかし、そんなものはなかった。
エカテリーナは黒の尖った靴を履き、
身繕いを整えると、
諦めたように、その者が塔の鍵を開けて中へ入ってくるのを静かに待った。
それは、
五百年ぶりの、人との対面であった。