ナナセはお母さんの顔をはっきりとは覚えていないはずだけれど、ハルルはお前が大好きだったと、父は言った。

ハルルもナナセも、大好きだから明かさなかったと、カイは最後に詫びるように呟いた。

真っ黒な空を見上げ、遠くを見つめる父は呟く。
悲しそうに昔話をする父をナナセは隣で見詰める。

お母さんは、殺された。
首狩りに遭って、あたしたちを残して、死んでしまった。

ナナセの瞳に映る真っ黒な空が見えなくなる。
涙が滲んできたのを感じた。
声をあげて泣きたかった。


ほんとうは、記憶にすら残ってない、朧気なお母さん。

けれども、もう会うことはないと告げられるのは──覚悟はしていたはずなのに、母に会える最後の希望を絶たれたとなると、辛かった。


カイはナナセが泣いていることを察していた。

だけど、慰めることも、なにもしないで、ただ隣にいた。
ナナセのしたいようにさせた。

カイなりの優しさがナナセに染みていく。



どれくらい二人で静かに佇んでいたのだろう。

不意に、カイが口を開いた。

「ふたつ、ナナセに渡したいものがあるんだ。誰にも渡したことを言わないと約束できるかい?」

ナナセが涙を小さな両手で払い、大きなスカイブルーの瞳を父の銀灰色の瞳にまっすぐ向ける。そしてこくりと、小さく頷く。

「ひとつめはハルルの形見。
俺が持っていたけれどもう、お前に譲っても形見の意味くらい分かるだろう?」

カイは自分の首に手を添えた。カリッという音とともにネックレスのチェーンが外れた。

少女には大きすぎるそれは、銀色のプレートを繋いだペンダントだった。

ナナセは部屋からもれてくる光を頼りに、プレートの文字を読んでみる。

「『ルイ・ハルル ──ルイの国に平和を。』」

ありきたりな文だが確かな母の形見。
少しだけ心の隅に温かな火が灯った気が、した。


「ふたつめを渡す前に。

──ナナセ、いつもの昔話を思い出してごらん。」

「あたしのおじいさまとルイの石の話?
……それがどうしたの?」

「分かるだろう?
今まで王家に伝わって来たルイの石……。」

カイは前髪をかきあげた。分かれた前髪の隙間から、いつもは隠された左目が見えた。

ナナセが見上げたカイの銀灰色の左目の中に緑色の魔法陣が映っていた。

銀の瞳に細い線で、しかしくっきりと浮かび上がる緑色の魔法陣をナナセは綺麗だと思った。

「とうさんその目…どうしたの?」

木々がざわざわと揺れる音は、ナナセの不安も駆り立てる。