月明かりと机に置いた魔法光で、カイは執務室で書類を片付ける。ペンを走らせる音と、紙の擦れる音が王一人の執務室に響く。

夕食後に侍女が持ってきた紅茶に手を伸ばすが一瞬躊躇い、そっとカップを掴む。

なんの変哲もない紅茶の水面を凝視したあと、片手に炎を宿し中身のそれを焼いてしまった。

蒸発しなかった燃えかすは、紅茶の粉にあるまじき毒々しい緑色。
「致死毒か…。」

病に見せかけて殺せる、高値の魔法薬だ。
カイは見覚えがあった。

息を吐いて、伸びをする。
別段慌てることではない。

王座についた15の頃から、暗殺されかけたことなど数えきれない。

窓から差し込む薄明かりに吸い寄せられるように、月が見える窓際へ椅子を寄せる。

多分、給仕の若い侍女の仕業では無いだろう。
きっとあいつだと、目星はついている。

だが、周囲の信用が厚く、彼一人の判断ではどうにも出来ないのだ。

殺されると分かっているのに、逃げられない。

「父様……。」


若くして殺された初代国王を息子はほとんど知らない。

皆が誇る父を知らず、武勇伝に憧れて、それを目指して治めてきた。


──けれど、これでもう終わりかもしれない。


「娘を守りたいのです。もうあと少ししか無いのです…。」

きっと、自分は毒に侵されていると何となく分かっていた。

彼は魔術の探知は出来るが、純粋な毒は探知できない。

半分ほどもう、自分を諦めかけていた。


初代国王とその息子の繋ぎとして王位についた初代国王妃から受け継いだのは、数少ない物だった。
彼女から受け継いだ国の宝を守り綱渡りのような政治を助けてきたのは、第六感と言うべき不思議な勘だった。

彼は今また、この勘にすがる。


「どうすれば、死ぬ前に娘を助けられますか──?」


答えは、無かった。