人に触れると、心の天秤はなかなか上手く働かない。彼の諦めが、少し自分に重なった。どうにかして彼を信じてしまいたかった。

「あなたは闇にいたけど、凄く綺麗な瞳をしてると思うんです。
姿は普通の人ではないけれど、心はちゃんとありますよ。助けても得をしないあたしを、助けてくれたのは、心があったからでしょう?」

少年は驚いたようにナナセを見つめる。彼の心が少しでも軽くなるか、ナナセは考えてしまう。

「闇にいるのは、一緒です。あたしも結局、もう暗い場所でしか生きられないですから。」

「……そうか。」
「はい。」

ナナセは笑った。彼を見上げると、また目が合った。
瞳の奥で燃える野心も、刃を握る快感も、彼にはないらしい。闇に染まったと言う彼は、硝子のような煌めきを持つ人だった。
──きっと、この人も闇にいてはいけない人だ。


「俺は、シュン・ルグィン。ルグィン、でいい。」

秋の冷たい風に遊ばれて揺れる草木の音がふたりを包む。唐突に名乗られたことにナナセは驚きつつ、同じ項目をなぞるように答える。

「あたしはルイ・ナナセ。ナナセ、って呼んで。」

そう言いつつナナセはルグィンに近付いて、正面から両手で頬を包み込む。

「じっとしていて……。」

瞳から溢れる青い光を出来るだけ見せないように目を伏せるのは、魔術を使うナナセの癖だ。
「助けてくれた、お礼じゃないけど。」

そう言って両手を離すと、彼の頬の刀傷は消えていた。

「……ありがとう。」

彼女の行為と綺麗に消えたことに驚き、傷があった場所に何度も指を滑らせた。

「はじめて会って、まだ素性も分からないかも知れないのに……おい、ナナセ!?」

ぐらり、とナナセが崩れて、とっさにルグィンが抱き止める。体に力が入らないようだった。
「やっぱり魔術使い果たしちゃったかな……。」

力なくへらりと笑う少女にルグィンは呆れ返った。

「お前、俺の傷治した分が余計だっただろ。」

「大丈夫、休めば治るから。
あたしどこにも行けないし、ここに置いていっていいから、助けてくれて、ありがと……。」

目眩がして、ルグィンの腕に倒れこんだ。ナナセと名を呼ばれて体を揺さぶられているが、彼女の意識はここまでが限界だった。